古都・京都、古(いにしえ)の大和、湖都・近江などを自転車やウォーキングでめぐる・・・

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錦秋の東山・・・☆⌒(*^∇゜)v
※関連コラム
『錦秋の古都・東山々麓』
『錦秋の古都・東福寺』
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洗玉潤の錦秋と東福寺三名橋の一、臥雲橋(がうんきょう)
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東福寺三名橋の一、通天橋
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えぇなぁ~ (*^-^*)
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屋上に閣を持つ類例を見ない開山塔院(常楽庵)
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洗玉潤の錦秋 ☆⌒(*^∇゜)v
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Beautiful~!!!(・_・)☆ヾ(^^ ) 欧米か?!
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Wonderful~! (・_・)☆ヾ(^^ ) 欧米か?!
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色とりどり・・・えぇなぁ~ (*^-^*)
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西国三十三ヶ所観音霊場、第十五番札所・今熊野観音寺
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日本医学の発展に貢献した人を祀る医聖堂
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洛中俯瞰・・・愛宕山~北山~比叡山も一望 \(◎o◎)/!@悲田院
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真言宗智山派の総本山・智積院(ちしゃくいん)
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金堂
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えぇなぁ~ (*^-^*) @金堂
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燃えるが如く・・・京都タワー
※コラムアップは、少しお時間を賜りたく心から、お願い申し上げます・・・綾小路風に(^^ゞ 爆
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まだまだですが・・Deep Impact!!!☆⌒(*^∇゜)v 紅葉スポット!東福寺、清水寺へ
東福寺
臨済宗東福寺派の大本山で慧日山(えにちざん)と号します。6万坪(約20万㎡)に及ぶ広大な境内には本堂以下、幾多の堂舎が甍を並べています。当寺は平安中期以来、藤原氏の氏寺として藤原忠平が建立した法性寺(ほっしょうじ)に関白・九条道家(藤原道家)が聖一国師を請しで開山とし、鎌倉時代の嘉禎2年(1236年)に創立にかかり、19年後の建長7年(1255年)に竣工した九条家の氏寺で奈良の東大寺と興福寺の一字づつを採って東福寺と名付けました。当初は天台、真言、禅の三宗兼学院でしたが後に臨済禅寺となり、室町時代には禅宗五山の一に数えられる大寺となり塔頭子院37宇に及び壮観さは俗に「東福寺の伽藍面(がらんづら)」と言われました。中世の兵火にしばしば、罹災し大半を焼亡しました。更に明治14年(1881年)12月、方丈からの失火によって惜しくも仏殿、法堂、方丈などを焼失しましたが、三門、東司(とうす)、禅堂は類焼を免れました。明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と失火で荒廃しましたが、現在の仏殿が竣工したのは昭和9年(1934年)で法堂は未だ再建に至っていません。塔頭25、末寺院370ヶ寺を統括します。
※関連コラム
『秋の古都・東福寺、清水寺』
『錦秋の古都・東福寺』
『新撰組幕末回廊散策その4』
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禅宗三門最古の東福寺三門(国宝:室町期)
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仏殿、三門
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東福寺三名橋の一・通天橋
紅葉の身頃は、まだ先ですがDeep Impact!!!☆⌒(*^∇゜)v
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三年(産寧)坂
清水寺の子安観音にお産が寧(やすら)かであるよう祈願に向かう時に通るから産寧坂と呼ばれる説、大同3年(807年)に出来たからとする説、清水寺の参拝の帰りに願いを強くするから再念坂とも呼ばれるなど諸説がありますが何れも定かではありません。
この坂で転ぶと三年以内に死ぬとも云われ、この坂にある瓢箪屋の瓢箪を持ち歩くと
その災から逃れられるとか (@_@;)まじっすかっ?!
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世界文化遺産・清水寺(仁王門、西門、三重塔)
北法相楽の大本山で正しくは音羽山観音寺と号し清水寺は俗称です。寺伝によれば鹿狩りに来た坂上田村麻呂が此処で修行中の僧・延鎮に出会い殺生を戒められ延暦17年(798年)、一宇の仏堂を建て千手観音を祀ったのが起こりとされ弘仁元年(810年)、鎮護国家の道場となり奈良の長谷寺、近江の石山寺と並ぶ観音零場として崇められた。霊験談は清少納言を始め更級日記の作者による古典文学、謡曲「田村、熊野(ゆや)」によって紹介されています。中世の南北朝騒乱に巻き込まれ度々兵火の災厄を蒙ったが、その都度再建され現在の建物は寛永6年(1629年)の出火後、徳川三代・家光によって再建されたものが多いです。西門(重文:江戸期)は三間一戸、切り妻造り、桧皮葺の八脚門で正面に一間の向拝、背面に軒唐破風を付け上り勾欄を備えた珍しい形式で鐘楼(重文:桃山期)と共に桃山時代後期の華麗な装飾彫刻が施されています。
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清水寺の不思議の一・梟の手水石
手水は梟の水といわれ水盤の台石四隅に梟のような浮き彫りがあり、水盤の中の清泉で口を漱ぐと、歯痛、頭痛が治るといわれます。バスガイドのお姉さんが、必死に見ようとしていました (^▽^;)
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市内俯瞰 o(*^▽^*)o
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えぇなぁ~(*^-^*)
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清水の舞台
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百体地蔵
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三重塔(重文:江戸期)、本堂(国宝:江戸期)など
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Deep Impact!!!☆⌒(*^∇゜)v
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Deep Impact!!!☆⌒(*^∇゜)v
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子安塔(重文:江戸期)
高さ約15mの桧皮葺きの軽快な三重塔です。各重とも軒は二軒繁垂木(ふたのきしげたるき)、とぐみは三手先であるが珍しく尾垂木を設けず、縁には組高欄を繞(めぐ)らしています。
子安観音(千手観音)を祀り、安産に大きな信仰を集めています。聖武天皇、光明皇后の祈願所とされますが創建時は定かでなく寛永期に再建され明治末年まで仁王門の左手前に建っていました。
又、常盤御前は千手子安観音を厚く信仰し吹雪の中を都落ちする際に牛若・乙若・今若の無事を祈ったとも伝えます。
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音羽の滝(滝の宮)
奥の院の崖下にある滝は三ヶ所の筧から流れ落ち、その前に垢離(くり)堂があります。古来、霊水とされ昔は諸病に効くとされ拾芥抄に記される所謂五名水の一とされます。
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139本の柱が支える清水の舞台
立派な舞台も縁の下の力持ちに支えられてこそ、立派に見えるのです・・・ねっ(^_-)
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三重塔(重文:江戸期)
えぇなぁ~(*^-^*)
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