古都・京都、古(いにしえ)の大和、湖都・近江などを自転車やウォーキングでめぐる・・・

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夕霧太夫と清涼寺(嵯峨釈迦堂)
※関連コラム
【藤原定家ゆかりの厭離庵、夕霧太夫ゆかりの清涼寺探訪】
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夕霧太夫遺跡の碑
夕霧太夫は本名てるといい、嵯峨中院(愛宕街道に沿った清涼寺西辺り)に生まれたと伝える。
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夕霧太夫墓所
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清涼寺塔頭・薬師寺(三地蔵尊)
左から夕霧地蔵、六道地蔵、るり光地蔵
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清涼寺(嵯峨釈迦堂)
嵯峨野でも有数の古刹で五台山清涼寺と号し源氏物語の光源氏のモデルとされる平安貴族の源融(みなもとのとおる)所縁の寺です。本尊の三国伝来の釈迦仏は有名で嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)として、人々に崇拝されています。左大臣・源融(みなもとのとおる)の別荘(棲霞観:せいかかん)を源融没後、寺に改め棲霞寺(せいかじ)と号し天慶8年(945年)、源融と血縁深い式部卿宮重明親王が亡室の為に新堂を建立し金色等身の釈迦如来一体を安置し42年後の永延元年(987年)、南都東大寺の僧・念(ちょうねん)は宋より帰朝後、請来した釈迦如来像と摺本一切径を当寺に安置しました。
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仁王門(府指定文化財:江戸期)と法然上人「求道青年像」
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多宝塔(府指定文化財:江戸期)
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聖徳太子殿(夢殿)
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源融(みなもととおる)墓所
源氏物語の光源氏のモデルといわれます。
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夕霧太夫歌碑(吉井 勇)
いまもなほ なつかしとおもふ 夕霧の 墓にまうでし かへり路の雨
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えぇなぁ~(*^-^*)
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隠元筆「栴壇瑞像」の大額を掲げる本堂(釈迦堂)
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弁天堂
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えぇなぁ~(*^-^*)
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大方丈庭園
当時の面影を今に伝えます・・・えぇなぁ~(^_-)-☆
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小堀遠州作と伝えます・・・(*^-^*)
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えぇなぁ~(*^-^*)

※ピンポイント的に紹介しているのは・・・コラムできてませんから~(^▽^;)
今しばらくのご猶予を賜りたく 謹んでお願い申し上げますm(__)m綾小路風に・・・(^^ゞ爆
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非公開寺(11~12月特別公開)・厭離庵(えんりあん)の茶席・時雨亭
六世・常覚尼が茶道を志し、藤原定家の御歌に因んで、定家の山荘・時雨亭再興の意をふまえて、
大正12年、茶席・時雨亭は四畳向切、床は枡床、塗りがまち、書院窓に文机あり、桂離宮より模す。
天井は、葦の化粧天井で広縁は苔寺の湘南亭を模し、屋根裏は傘を想わせ、情緒豊かです。
当時、裏千家出入りの数奇屋大工・岡田永斉によって建てられました。
※関連コラム
【藤原定家ゆかりの厭離庵、夕霧太夫ゆかりの清涼寺探訪】
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お半、長右衛門供養塔
江戸時代の狂言作者によって作られた浄瑠璃「お半、長右衛門桂川連理柵」は、義理人情に縛られた二人の男女が桂川で心中するという慈恋物語を戯曲化したもので、後世これに因んで当地に供養塔をこしらえたと思われます。
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塔は大小二基の自然石からなり、表に法華塔とのみ記し、裏に文化13年(1816年)梅津講中とあるから、或いは桂川氾濫の犠牲者の供養塔とも思われています。
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月が渡るのごとく・・・名橋・渡月橋と色づき始めた嵐山 えぇなぁ~(*^-^*)
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平家物語ゆかりの琴きヽ橋跡碑
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厭離庵の茶席・時雨亭
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裏千家出入りの数奇屋大工・岡田永斉によって建てられました。
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広縁は苔寺の湘南亭を模した茶席
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止め石、関守石
握りこぶしほどの石に、棕櫚縄を十文字にかけた石で
「ここから先に入ってはいけません」という立ち入り禁止を意味します。
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桂離宮に模した茶席内
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四畳向切の茶席内
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天井は、葦の化粧天井
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傘のような屋根裏
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広縁から眺める庭園・・・えぇなぁ~(*^-^*)

管理人一押し!!!☆⌒(*^∇゜)v 藤原定家、小倉百人一首編纂の地・厭離庵(えんりあん)
念願の厭離庵へ行ってきました~☆⌒(*^∇゜)v
もと愛宕の中院があったところで藤原定家が百人一首を編纂した山荘跡があった所と伝えます。
久しく荒廃していたが近年に冷税泉家によって再興され、霊元法皇より「厭離庵」の寺号を賜り臨済宗天龍寺派の寺となりました。明治43年、山岡鉄舟の娘、素心尼が庵主に就き、それ以後尼寺となりました。西南の竹林は善光寺山と言われ時雨亭があったと伝え、境内には茶室・時雨亭、藤原定家塚、定家が小倉百人一首を染筆する時に筆洗いに使った柳の井があります。
定家が書き記した「名月記」に彼の嵯峨山荘は、常寂光寺の北方、小倉山麓にあったものと思われ、この地は定家の嫡子・為家の妻父・宇都宮入道頼綱(蓮生入道)が定家の嵯峨山荘近くの当地に中院に別荘を建てるにあたり、障子に貼る色紙を定家に依頼した。
早速、定家が多くの勅撰和歌集の中から百人一首ずつを編纂したが、この時、後鳥羽、順徳両帝の歌がなく、その代わりに百人一首にない三人の歌が入って合計百一人であったと伝え、後日、為家によって補訂されたのが現在の百人一首です。紅葉の名所として知られ、紅葉の時期(11月~12月)のみ拝観が出来ます。
※関連コラム
【藤原定家ゆかりの厭離庵、夕霧太夫ゆかりの清涼寺探訪】
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竹林の間を抜ける静寂な参道
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参道の行くつく先にある詫びな茅葺の山門
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庭園
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えぇなぁ~(*^-^*)
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非公開寺ですが手入れが行き届いた見事な苔生す庭園
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11月~12月の紅葉時分にのみ特別公開されています・・・
拝観料500円
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定家塚
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井戸 えぇなぁ~(*^-^*)
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やっぱり・・・えぇなぁ~
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非公開でありながら知る人ぞ知る 素晴らしい名庭園です。(*^-^*)
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厭離庵の厭(えんり)は飽きる(厭きる)を意味し厭離庵は厭きることのない庵
時間が止まったような静寂さ・・・いつまでも眺めていたいと思える庵です。
知る人ぞ知る、嵯峨野の隠れスポットに☆☆☆☆☆ 5つ☆⌒(*^∇゜)v
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書院
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茶席・時雨亭
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柳の井
700年以上経った今も清く湧き出る水は、定家が百人一首を編纂する時に筆を洗ったと伝える。
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為家卿之墓
藤原定家の子・為家は建治元年(1275年)に死去、厭離庵の東に埋葬されたと伝えられ、
「中院入道前大納言藤原為家卿之墓」という石碑が傍らに立っています。
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慈眼堂(中院観音)
定家の念持仏 (本尊:十一面千手観音立像)、定家・為家等の位牌、毘沙門天立像が祀られ
定家、為家の法要も行われます。

小倉百人一首編纂の地・・・藤原定家の時雨亭伝承地を訪ねて
小倉百人一首・・・鎌倉期の歌人・藤原定家の嫡子・為家の妻父・宇都宮入道頼綱(蓮生入道)が定家の嵯峨山荘近くの当地に中院に別荘を建てるにあたり、障子に貼る色紙を定家に依頼した。
早速、定家が多くの勅撰和歌集の中から百人一首ずつを編纂したが、この時、後鳥羽、順徳両帝の歌がなく、その代わりに百人一首にない三人の歌が入って合計百一人であったと伝え、
後日、為家によって補訂されたのが現在の百人一首です。
定家が百人一首を選定したと伝える時雨亭(しぐれてい)の伝承地は嵯峨に三ヶ所あると言われます。今回は、三ヶ所ある定家ゆかりの時雨亭跡を訪ねてきました。

※関連コラム
『小倉百人一首編纂の地・藤原定家の時雨亭を訪ねて・・・』
『Deep Impact!!! 秋の嵐山、嵯峨野路めぐり』
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嵯峨野屈指の紅葉の名所・常寂光寺(じょうじゃっこうじ)
藤原定家が小倉山百人一首を編纂した時雨亭跡があります。
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常寂光寺のシンボル的な茅葺の仁王門
Deep Impact?! (^_^;)\(^。^。) 欧米か?!
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定家山荘跡、歌碑
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定家山荘跡、小倉百人一首編纂の地碑
以前は、この辺りに時雨亭跡がありました。
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えぇなぁ~(*^-^*)
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本堂(伏見城遺構:客殿)
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Deep Impact?! (^_^;)\(^。^。) 欧米か?!
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多宝塔(重要文化財:江戸期)
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藤原定家・家隆の木像を奉る謌僊祠(かせんし:歌仙祠)」
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藤原定家の時雨亭跡
常寂光寺のシンボル的な茅葺の仁王門近くから移転しました。
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二尊院(総門:伏見城遺構:薬医門)
小倉山と号し明治以降、天台宗延暦寺に属する寺院で正しくは、小倉山二尊教院華台寺(けだいじ)といいます。寺名の由来は、本尊の「発遣の釈迦」と「来迎の阿弥陀」の二如来像によります。
平安時代初期の承和年間(834~847年)に嵯峨天皇が慈覚大師に勅して建立した華台寺跡と伝え、久しく荒廃していたのを鎌倉時代に法然上人の高弟・正信房湛空(たんくう)によって再興されました。湛空は土御門、後嵯峨二帝の戒師となり大いに堂宇を再建したが、応仁・文明の乱によって堂宇伽藍が全焼したが、その後、三条西家実隆父子の帰依により再興され、豊臣、徳川二氏も寺禄を寄せ寺運も栄えました。
境内の墓地には、角倉了以、三条実美、阪東妻三郎(田村正和、亮の父)の墓所があります。
紅葉の馬場と呼ばれる参道は、紅葉の名所として知られ境内ま奥には、藤原定家が百人一首を選定したと伝える時雨亭跡もあります。
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えぇなぁ~(*^-^*)
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小倉餡発祥碑とモニュメント「真」
当地は、小倉餡発祥の地なのです・・・(^_-)
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三帝陵
右から土御門天皇、後嵯峨天皇、亀山天皇の分骨が安置されている。
石造宝篋印塔ら石造塔は重要美術品(鎌倉期)に指定されています。
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藤原定家が百人一首を編纂した時雨亭跡
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厭離庵(えんりあん)
臨済宗天龍寺派の尼寺ですが、当地は定家が百人一首を編纂した山荘跡があった所と伝えます。
境内には、茶室時雨亭、藤原定家塚、定家が筆洗いに使った柳の井があり、紅葉の名所として知られ、紅葉の時期(11月~12月)のみ拝観が出来ます。
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特別拝観されてますが閉門されてます・・・(ノ◇≦。)
時雨亭伝承地は、小倉山にある常寂光寺、二尊院、そして厭離庵の三ヶ所です。

Deep Impact!!! By Pちゃんズ☆⌒(*^∇゜)v
春以来・・・お久のPちゃんズ発進!!!ヾ(≧▽≦)ノ
もう・・・休止?終わった??解散???と思われていたかもしれません( ̄ー ̄?)...??
私も思っておりました?!(^▽^;)爆 しか~し・・・ネバー、ネバー、ネバー、サレンダー☆⌒(*^∇゜)v
どこかで聞いたことあるような・・・o(*^▽^*)oあはっ♪
無っ茶、快晴のサイクリング日和の今日・・・自転車で出かけてきました!(*゜▽゜)/ウイッス!
今まで何度も訪ねていますが、今回は今までと違って行く先々をゆっくりと満喫すること
一味違ったDeep Impact!!!を感じようと出かけてきました。
あえて場所は明記いたしません・・・
後日、アップ予定のコラムに詳細なご案内をさせていただきます。m(__)m
ミステリアスですが・・・すべてお分かりになる方は、Deep Impact?!(^▽^;)

※関連コラム
『Deep Impact!!! 秋の嵐山、嵯峨野路めぐり』
『春の嵐山、嵯峨野路花めぐり』
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月が渡るの如くと言われる名橋
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駅に温泉?
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足ばかりで・・・アシカラズ?!(; ̄ー ̄A
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Deep Impact!!!☆⌒(*▽×)欧米か?!
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仁王門
南北朝時代の貞和年間に本圀寺の南門として建立、元和2年(1616年)に現在地に移築された。
百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあって境内からは嵯峨野を一望でき、秋は全山紅葉に包まれる古刹
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Deep Impact!!!☆⌒(*▽×)欧米か?!
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多宝塔(重要文化財)
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小倉山の中腹からの俯瞰・・・遠くに霊峰・比叡山が見えます。♪♪v(⌒o⌒)v♪♪イエーイ
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えぇなぁ~V(○⌒∇⌒○)
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Deep Impact!!!☆⌒(*▽×)欧米か?!
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平家物語で語られる滝口入道と横笛を祀る寺
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浄土宗の僧良鎮が創建した往生院に平清盛の寵愛を受けた白拍子祇王、仏御前が入寺したと伝える尼寺。
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Deep Impact!!!☆⌒(*▽×)欧米か?!
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平安時代に白河天皇の勅願寺として建立され、当初の寺名は善入寺と称した。
南朝の忠臣・楠木正成の息子・正行もまた黙庵に帰依し、正平3年/貞和4年(1348年)に四條畷の戦い(四條縄手)において足利方の高師直・師泰兄弟と戦って戦死、その首級を寺の敷地内に手厚く葬られた。 その正行の敵である足利義詮は、正行の埋葬を知ると、「自分の逝去後、かねており敬慕していた当寺の楠木正行の墓の傍らで眠らせてもらいたい」と遺言を残したと伝え、没後に正行の墓(五輪石塔)の隣の墓(宝筐印塔)に葬られた。
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えぇなぁ~V(○⌒∇⌒○)
去年、ライトアップされた紅葉の中、中島美嘉さんが息を白く吐きながら「雪の華」を歌っていた。
テレビで見たとき、ここを訪ねようと思った。(*^-^*)
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